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手塚治虫作品との出会い

 藤子不二雄ネタの多い当ブログだが、今回は気分を変えて、手塚治虫作品について書いてみたい。私にとって、数多くいる漫画家の中で藤子先生は言うまでもなく別格なのだが、手塚先生もまた別格的存在であり、小学生の頃から愛読してきた。もちろん現在でも、新刊・古書を問わず手塚作品の単行本も買って読んでいる。
 しかし、これまでこのブログでは、手塚作品については、あまり触れてきていない。最近では、ANIMAXで観たアニメ「ミクロイドS」の感想を書いたくらいか。
 それが、最近とある事情で「一番好きな手塚作品」について、尋ねられた。これがきっかけで、あらためて好きな手塚作品について思いをめぐらせているうちに、ブログでも取り上げてみたくなったのだ。まずは、私と手塚作品との出会いについて、書いてみる。何事も、やはり最初が肝心だと思う。


 そもそも、最初に読んだ手塚作品が何かは、はっきりとは思いだせないが、漫画の方から入ったのは確かだ。私が小さい頃に放送していた手塚アニメとして、「鉄腕アトム」(1980年版)や「手塚治虫のドン・ドラキュラ」などを観ていたはずなのだが、よく覚えていない。今から考えると「ドン・ドラキュラ」の本放送を観ていたのは貴重な体験なのだが、ほとんど記憶がないのが残念だ。ちなみに、当時テレビ愛知がまだ開局していなかったので、東海テレビで金曜朝7時30分から放送しており、学校に行く前に観ていた。

 少々脱線してしまったが、手塚漫画との出会いに話を戻すと、私の家では両親が昔からそれなりに手塚作品を読んでおり、「火の鳥」(「マンガ少年別冊」版)や、「ブラック・ジャック」(「少年チャンピオンコミックス」版)など、私が産まれる前か赤ん坊の頃に買ったと思われる単行本が揃っていた。また、アニメ「鉄腕アトム」(1980年版)自体はよく覚えていないが、放映に合わせて刊行された「マンガ少年別冊」版の「鉄腕アトム」を買って貰い、同じサイズの「ドラえもん」カラーコミックス版と共に愛読したものだった。
 このように、小さい頃から手塚作品はそれなりに読んでいたのだが、「ブラック・ジャック」などは新刊が出るたびに親が単行本を買っていたので、自分から進んで未読の手塚作品の単行本を買おうとまで思う事はなかった。どちらかというと、小学生の時は藤子作品や「週刊少年ジャンプ」等を愛読しており、単行本もてんとう虫コミックスジャンプコミックスの作品を熱心に買っていた。だから、家にあった本だけで止まっていたら、今のように手塚作品全般を積極的に読むようにはならなかったと思う。


 そんな私にとっての、手塚作品との本格的な出会いは、小学五年生の時に、ある事情で病院に入院した事がきっかけだった。その病院には、週に一回開く入院患者向けの図書室があり、そこは漫画の蔵書が非常に充実していた。なんと、当時300巻まで出ていた「手塚治虫漫画全集」が、ほとんど全て揃っていたのだ。他の漫画もたくさんあったのだが、私がまだベッド動けない頃に、母が最初にその図書室から借りてきたのが手塚全集の何冊かだった。おそらく、手塚作品なら問題なく楽しめると判断したのだろう。「未来人カオス」や「レモン・キッド」などがあった事を、今でも覚えている。
 いずれも初めて読む作品だったが、ベッドから動けず娯楽に飢えていたせいもあって、一気に読んでしまった。「レモン・キッド」などは当時でも30年以上前の作品だったが面白かったし、「未来人カオス」は私好みの宇宙SFで、大変気に入った。今でも、好きな作品の一つだ。
 この時に「手塚治虫の漫画は面白い」と、あらためて認識して、動けるようになってからは、自分で図書室に行って手塚全集を片っ端から借りて、入院中はずっとむさぼり読んでいたのだ。この図書室は貸し出し冊数の制限もなかったので、本当に「片っ端」であり、おそらく100冊以上は読んだと思う。
 これは、今から考えてみれば、非常に運がよかったと思う(入院自体は別にして)。当時ですら手塚全集は300冊も出ており、もし自分の小遣いで本を買って手塚作品を読むとしても、まずどの一冊から手を付けていいかで困るだろう。それが、病院の図書室のおかげで金銭的な事は考えずに遠慮無く読む事が出来たのだ。初期作品から、タイトルだけは知っていた有名作、珠玉の短編、明らかな失敗作まで、多くの手塚作品に触れて、その質の高さと多彩さを、味わった。この入院がなければ、おそらく私にとっての手塚体験は、いくつかの代表作を読むだけで終わっていたと思う。


 と、言うわけで、この入院中に、すっかり手塚作品にはまってしまい、退院後は未読の手塚作品を求めて、書店の棚を探すようになった。しばらくは、藤子作品そっちのけという時期もあったくらいだ。私の漫画体験において、非常に大きな出来事だったと言える。もし、あの図書室で最初に借りた本が、違う漫画家の作品だったとしたら、私の人生もまた違っていた事だろう。
 この後は、小学生が手塚作品を集める事の、主に金銭面での困難さや、1989年の手塚先生の死去など、色々と書きたい事はあるのだが、きりがないので今回はここまでとさせていただく。手塚作品の思い出は、いずれまた機会を見てこのブログで書きたい。
 なお、冒頭で触れた「一番好きな手塚作品」だが、この件に関してはブログ以外のどこかで、近い内に答えをお目にかけられるかも知れないので、とりあえずタイトルは伏せておく。